ホーム >> チャンピオンバイク

ホンダ NSR250
シト・ポンス 1988

1988年の世界GP250ccクラスでチャンピオンに輝いたシト・ポンス選手がライディングしたホンダNSR250です。所属チームはスペインの石油メーカーのカンプサをメインスポンサーとしたCampsa Honda Teamでした。

チャンピオンバイクコレクションNO.23の模型です。

写真:NSR250の模型

スポンサーリンク

水冷2ストロークV型2気筒エンジンを搭載したNSR250は、NSR500開発の補助的役割を持って誕生したマシンです。その原型は、1985年にフレディ・スペンサー選手が500ccと250ccクラスににエントリーした祭にライディングした、ホンダワークス仕様のRS250RW。

スペンサーは第1戦南アフリカGPでいきなり優勝し、これがホンダにとって2ストローク250cc初優勝だった。翌年からNSR250となって登場する。

1987年は圧倒的な速さを見せ、ランキング上位5位までNSR250が独占。その年、ポンス選手は2位のラインハルト・ロス選手と同ポイントを獲得したが、上位入賞回数の差でランキング3位となった。

1988年シーズン250ccクラスランキング
1位 シト・ポンス Campsa Honda Team ホンダ 優勝4回 231ポイント
2位 ファン・ガリッガ Ducados Yamaha Team ヤマハ 優勝3回 221ポイント
3位 ジャック・コルヌ Team Parisienna-elf ホンダ 優勝2回 166ポイント

チャンピオンバイクコレクションNO.23:NSR250

スポンサーリンク

1988年は第7戦まで優勝者が毎回異なる混戦となった。ポンス選手は、ヨーロッパラウンド第1戦となる地元スペインGPで、シーズン初勝利を独走で決めた。ところが、第4戦ポルトガルGPで転倒リタイヤでノーポイント。

第8戦オランダGPは、トップ争いをしていたドミニク・サロン選手と最終ラップで接触転倒。なんとか6位に入りポイントを獲得した。これでピンチに立たされたが、続く第9戦、10戦と連勝し僅かなポイント差でトップに立った。

第13戦スウェーデンGPでは、タイトルを争っている同じスペイン人ライダーのファン・ガリッガ選手とのトップ争いで、僅かなリードでゴールし4勝目を挙げた。

しかし14戦チェコスロバキアGPは、逆にガリッガ選手が優勝。タイトル争いは6ポイント差で最終戦にもつれ込んだ。その最終戦2ラップ目、ガリッガ選手はコースアウトし大きく順位を下げた。

ポンス選手は無理をする事無く3位でゴールし、初タイトルを獲得した。

シト・ポンス&NSR250 1988年の成績
Round 開催地 順位
1 日本GP 2位
2 アメリカGP 2位
3 スペインGP 優勝
4 ポルトガルGP リタイア
5 イタリアGP 2位
6 西ドイツGP 2位
7 オーストリアGP 5位
8 オランダGP 6位
9 ベルギーGP 優勝
10 ユーゴスラビアGP 優勝
11 フランスGP 2位
12 イギリスGP 4位
13 スウェーデンGP 優勝
14 チェコスロバキアGP 2位
15 ブラジルGP 3位

シト・ポンス 1988:NSR250

写真:NSR250の模型

スポンサーリンク

ホンダ

サイトマップ