ホーム >> チャンピオンバイク

ヤマハ YZR500
ウェイン・レイニー 1991

色鮮やかなマールボロカラーにそれを強調するような黒のフレーム&ホイル。TEAM MARLBORO ROBERTSの1991年500ccクラス、ウェイン・レイニー選手のV2達成マシン。

チャンピオンバイクコレクションのNO.8です。この模型のYZR500では、スポンサーロゴ「Marlboro」が似たような絵柄に変更されている。

写真:YZR500の模型

スポンサーリンク

1991年型のYZR500はOWD3。この年、500ccクラスの最低重量が変更され、115kgから130kgへと増量となった。経費節減、安全面などが変更のねらいだったようだが、増加分を電子機器搭載、剛性力アップに当てられた。結果、マシンは開発経費、パワー共にアップした。

またこの年は年間のランキングを決めるポイント制度も変わった。これまでの全戦の得点を加算していく方法から、全戦から最小得点の2戦を引く有効ポイント制になった。レイニーとドゥーハンの有効ポイント差は9ポイントだったが、トータルポイント差はわずか1ポイントだった。

YZR500 主要スペック

1991年シーズン500ccクラスランキング
1位 ウェイン・レイニー Team Marlboro Roberts ヤマハ 優勝6回
2位 マイケル・ドゥーハン Rothmans Honda ホンダ 優勝3回
3位 ケビン・シュワンツ Team Lucky Strike Suzuki スズキ 優勝5回

チャンピオンバイクコレクションNO.8:YZR500

スポンサーリンク

ウェイン・レイニーは1984年、GP250ccクラスにデビューし、ランキング8位を獲得。その後、AMAシリーズに参戦し、1987年はスーパーバイククラスでケビン・シュワンツを破り、チャンピオンを獲得した。

1988年からケニー・ロバーツの傘下でGP500ccクラスにフル参戦。初年度、ランキング3位。翌年2位。1990年、前年チャンピオンのエディー・ローソンやワイン・ガードナーが転倒等でタイトル争いから脱落、ケビン・シュワンツとの攻防戦に競り勝ち、念願のチャンピオンを獲得。

1991年、新たに頭角を現してきたマイケル・ドゥーハンにケビン・シュワンツも加わった激戦を制し優勝6回、2位4回、3位3回で優勝。

1992年は、マイケル・ドゥーハンがNSR500の圧倒的な速さで前半戦を大きくリードしたが、第8戦のオランダGPで転倒し長期欠場。その結果ウェイン・レイニーが辛くも3連覇を飾った。

1993年、ポイントトップでむかえた第12戦イタリアGP決勝レースで転倒。無念の現役引退となった。

ウェイン・レイニー&YZR500 1991年の成績
Round 順位
1 日本GP 3位
2 オーストラリアGP 優勝
3 アメリカGP 優勝
4 スペインGP 3位
5 イタリアGP 9位
6 ドイツGP 2位
7 オーストリアGP 2位
8 ヨーロッパGP 優勝
9 オランダGP 2位
10 フランスGP 優勝
11 イギリスGP 2位
12 サンマリノGP 優勝
13 チェコGP 優勝
14 ルマンGP 3位
15 マレーシアGP 欠場

ウェイン・レイニー 1991:YZR500

YZR500の模型

サイト内関連ページ

スポンサーリンク

ヤマハ

サイトマップ