>> チャンピオンバイク
ヤマハ YZR500
中野真矢 2001
2001年のWGP500ccクラスに、Gauloises Yamaha Tech 3 Teamから参戦した中野真矢選手のYZR500です。この模型はチャンピオンバイクコレクションのNO.13です。
テック3はフランスに本拠地を置くプライベートチームで、2000年にチーム所属のO・ジャック選手が250ccクラスチャンピオンに輝き、中野選手が2位を獲得した。
2001年はその2人の選手と共に、フランスのタバコブランドであるGAULOISESのスポンサーの下、世界GP500ccクラスに進出しYZR500を走らせた。
このチャンピオンバイクコレクションNO.5の阿部典史選手のマシンと同年型だが、フロントカウルやテールの形状は異なる。
中野真矢選手は、1997年にヤマハと契約し全日本選手権250ccクラスに参戦。1998年、全日本選手権250ccチャンピオンを獲得した。
1999年、テック3チームと契約し世界GP250ccクラスに参戦。第2戦日本GP/もてぎでGP初勝利を挙げるなど健闘しランキング4位で、ルーキー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
2000年、チームメイトのO・ジャック選手と激しいチャンピオン争いを展開し、優勝5回で惜しくもランキング2位。2001年、テック3チームと共に世界GP500ccクラスに参戦。第9戦ドイツGPで3位表彰台を獲得。安定した成績でランキング5位、ルーキー・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
4ストロークと2ストロークのマシンが混走となったMotoGP元年の2002年、シーズン終盤まで4ストロークYZR-M1は供給されず、不利といわれた2ストロークYZR500で戦って、ランキング11位。2003年、ダンティンヤマハチームに移籍しYZR-M1を走らせ、善戦したがランキング10位。2004年、カワサキレーシングチームに移籍した。
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中野真矢選手は、国内選手権デビュー当時所属していたSP忠男レーシングチームのトレードマークである、目玉模様のヘルメットを愛用。
ゼッケン56は、「バリバリ伝説」の主人公 巨摩郡がNSR500で世界GPに参戦した時付けていた番号。作者のしげの秀一さん公認。
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Round | 順位 | |
---|---|---|
1 | 日本GP | 5位 |
2 | 南アフリカGP | 4位 |
3 | スペインGP | 4位 |
4 | フランスGP | 11位 |
5 | イタリアGP | 8位 |
6 | カタルニアGP | 4位 |
7 | オランダGP | 5位 |
8 | イギリスGP | 6位 |
9 | ドイツGP | 3位 |
10 | チェコGP | 欠場 |
11 | ポルトガルGP | 9位 |
12 | バレンシアGP | 7位 |
13 | パシフィックGP | 6位 |
14 | オーストラリアGP | 7位 |
15 | マレーシアGP | 4位 |
16 | ブラジルGP | 9位 |
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