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スズキ GSX-R750
ピエールフランチェスコ・キリ 2001

コロナビールをメインスポンサーとした、Alstare Suzuki Corona Extraの2001年スーパーバイク世界選手権(SBK)、ピエールフランチェスコ・キリ選手のマシンです。チャンピオンバイクコレクションのNO.47です。

アルスタースズキはスズキ系の有力チームで、1999年からライダーにキリと藤原克昭を起用してGSX-R750でSBKに参戦開始した。

写真:GSX-R750の模型

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GSX-R750は1985年、アルミフレームに油冷エンジンを搭載して登場。その後、エンジンは水冷となり、フレームもアルミツインスパーとなった。さらにインジェクションも採用されるなどして戦闘力をアップしてきた。

2000年、フルモデルチェンジを受けて軽量化とコンパクト化を実現したGSX-R750Yが登場し、キリのライディングでランキング4位となった。

2001年、前年以上の成績が期待されたが、ドゥカティとホンダの2気筒勢による上位争いにくい込めなかった。表彰台に上ったのはイギリス大会のみで、ランキングは7位に終わった。

GSX-R750 主要スペック

アルスタースズキGSX-R750

キリ & GSX-R750 2001年の成績
Round レース1順位 レース2順位
1 スペイン 7位 7位
2 南アフリカ 6位 8位
3 オーストラリア 7位 中止
4 日本 8位 8位
5 イタリア 14位 5位
6 イギリス 2位 優勝
7 ドイツ 4位 5位
8 サンマリノ 12位 10位
9 アメリカ リタイヤ リタイヤ
10 ヨーロッパ 4位 4位
11 ドイツ 6位 6位
12 オランダ 4位 4位
13 イタリア リタイヤ 9位

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ピエールフランチェスコ・キリ

フランキーの愛称で呼ばれるピエールフランチェスコ・キリは、1986年から8シーズン世界GPで戦った。その後、1年間の充電期間をおいて、1995年からスーパーバイク世界選手権(SBK)に参戦。Gattolone Racing TeamでDucati 916を走らせ、イタリア大会で1勝を挙げてランキングは8位。その後活躍が認められ、1998年にDucati Corse ADVFに移籍してワークスマシンを手に入れる。

1998年のタイトル争いは、ドゥカティワークスにホンダ勢が絡んだ展開。全12戦中10戦を終えた時点で、キリはトップと32ポイント差でランキング4位につける。

迎えた第11戦オランダ大会。タイトル獲得に執念を燃やすキリは、レース1の最終ラップの最終シケインで先行するドゥカティワークスのエースライダー カール・フォガティをかわして僅差で優勝。シーズン最多優勝タイとなる5勝目を挙げた。

レース2も、キリとエースとしての意地を見せたいフォガティのトップ争い。またも最終ラップの最終シケインでの勝負。2台同時に飛び込んでラインがクロス。キリはフロントから切れ込む形で転倒。傷ついたマシンをサンドトラップから引っぱり出してゴールするがノーポイントに終わった。この勝負以降キリは、フォガティに対して遺恨を抱くようになる。

結局、キリはランキング4位に終わり、タイトルはフォガティが獲得した。翌1999年、エースライダーとして迎えてくれるアルスタースズキに移籍する。

キリは42歳となる2006年まで現役のライダーとしてSBKで活躍した。

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