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DUCATI 998R
ピエールフランチェスコ・キリ 2002

ファッションメーカーのAxoをメインスポンサーとした、Ducati NCR Axoから2002年スーパーバイク世界選手権(SBK)に参戦した、ピエールフランチェスコ・キリ選手のマシン。

チャンピオンバイクコレクションNO.43の模型です。

DUCATI 998R PIERFRANCESCO CHILI 2002

Ducati NCR(Nepoti Caracchi Racing)は、1969年に設立されたイタリアの名門プライベートチームです。

SBKには1991年からDUCATI 888で参戦し、その年にダグ・ポーレンがシーズン17勝を挙げチャンピオンとなった。

2002年、ホンダのコーリン・エドワーズとチャンピオン争いを展開したトロイ・ベイリスのマシンは、ワークスマシンDUCATI 998R。

キリがライディングしたこのマシンはサテライト仕様の998RSで、黒い車体からブラックレディと呼ばれた。

チャンピオンバイクコレクション:DUCATI 998Rの模型

DUCATI 998R模型の後輪部

ピエールフランチェスコ・キリ( Pierfrancesco Chili)

イタリア出身のピエールフランチェスコ・キリは1985年、ヨーロッパ選手権125ccクラスのチャンピオンに輝いた。

1986年は一気にステップアップして、世界GP500ccクラスに挑戦した。スズキRG-Γを走らせ、ランキングは10位。1987年はホンダNS500、1988年からNSR500を走らせた。

1989年、ミサノで行われた第5戦イタリアGPはレース直前に雨が降り始めた。このサーキットは滑りやすく危険な為ワークスライダーがレースをボイコット。

しかし、母国でのレースと言う事もあって、キリは唯一ワークスライダーとして出場した。そして、雨を得意とする彼は当然のように優勝したが、複雑な思いでの世界GP初優勝となった。

1991年から世界GP250ccクラスに挑戦。1992年はアプリリアのマシンで年間3勝を挙げてランキングは3位。

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1994年は1年間活動を休止し、1995年からスーパーバイク世界選手権に挑戦。アルスタースズキからDucati NCRに移籍して1年目となる2002年は、シーズン序盤はリタイヤの連続。

第5戦の地元イタリアでの大会でようやく持ち直し、第12戦オランダでシーズン初表彰台に上がった。結局、このシーズンは未勝利に終わりランキングは8位。

キリ & DUCATI 998R 2002年の成績
Round レース1順位 レース2順位
1 スペイン 9位 リタイヤ
2 オーストラリア リタイヤ リタイヤ
3 南アフリカ リタイヤ リタイヤ
4 日本 リタイヤ リタイヤ
5 イタリア 4位 リタイヤ
6 イギリス 4位 11位
7 ドイツ 6位 6位
8 サンマリノ 6位 7位
9 アメリカ 12位 7位
10 ヨーロッパ 8位 7位
11 ドイツ 5位 7位
12 オランダ 5位 2位
13 イタリア 7位 リタイヤ

ゼッケンナンバー7を付けたDUCATI 998Rの模型

後ろから見たDUCATI 998Rの模型

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