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スズキ RGV500
ケニー・ロバーツJr. 2000

2000年世界GP500ccクラスで、ケニー・ロバーツ・ジュニア選手のライディングでチャンピオンに輝いたTelefonica MoviStar Suzuki TeamのRGV500の模型です。チャンピオンバイクコレクションのNO.54です。

写真:RGV500の模型

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1993年にケビン・シュワンツのライディングでスズキRGVガンマがタイトルを獲得して以降ホンダNSR500の時代が続いた。2000年、7シーズンぶりに再びRGVガンマが、スズキにとって6度目のタイトルを獲得しました。

スズキのワークスチームのスポンサーを長年務めていたラッキーストライクが1997年を最後に撤退。その後スポンサーが決まらずSuzuki GP Teamと言うチーム名で活動していたが、2000年はテレフォニカモビスターがメインスポンサーとなったことでRGV500のカラーリングが一新されました。

V型4気筒エンジンを搭載したRGV-Γは1987年に初登場します。ロバーツと同時にチームに加わった名エンジニアのウォーレン・ウィリングとともに開発が進められた2000年型RGVも、エンジンはV型4気筒エンジンと基本は変わらない。逆転2軸クランクを採用したV型エンジンの前側2気筒をエンジン下部から右側に、後方2気筒をテールカウル下に配している。サスペンションはオーリンズ、ミシュランタイヤを履いて、フロントブレーキはブレンボのラジアルマウントキャリパーを採用。最速マシンではなかったが、ロバーツの巧みなライディングでチャンピオンに輝いた。

RGV500 主要スペック

2000年シーズンWGP500ccクラスランキング
1位 ケニー・ロバーツJr.(Kenny Roberts Jr.) スズキ 258ポイント
2位 バレンティーノ・ロッシ(Valentino Rossi) ホンダ 209ポイント
3位 マックス・ビアッジ(Max Biaggi) ヤマハ 170ポイント

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2000年のWGP500

ロバーツ・ジュニアは、WGP500ccクラスでヤマハ-モデナスKRと乗り継いで1999年にスズキに移籍した。その年はRGVで初戦となる開幕戦から2連勝し、シーズン4勝を挙げてランキング2位を獲得した。マイケル・ドゥーハンがシーズン半ばで戦線離脱となった1999年のチャンピオンはアレックス・クリビーレ。しかし2000年、ドゥーハンが引退したことで絶対的に速いライダーがいなくなり、タイトルの行方が分からなくなった。開幕戦の勝者はギャリー・マッコイ。第3戦の日本GPは阿部典史。第5戦はクリビーレ、6戦はロリス・カピロッシが優勝。

第2戦、ポールポジションからスタートしたロバーツは、スタートに失敗して大きく出遅れたが追い上げトップに立つ。その後雨が降りはじめて赤旗中断となったが、レースはそのまま成立してロバーツがシーズン1勝目を挙げた。
第4戦もトップを独走中に雨が降り始めレースは中断。今回は2ヒート制で行われることになり、ロバーツはヒート2ではヒート1で得たタイム差を考慮した冷静な走りで2勝目。第7戦を独走優勝で3勝目を挙げたポイントリーダーのロバーツだったが、第8戦は転倒ノーポイントとなる。

第9戦、この年から新たに加わバレンティーノ・ロッシがWGP500ccクラス初優勝。その後もアレックス・バロス、マックス・ビアッジとレースごとに優勝者が替わるなかで、ロバーツは確実に上位でゴールしてポイントを獲得していく。そしてタイトル獲得に王手がかかった第14戦、ランキング2位につけるロッシが2勝目を挙げたが、ロバーツは確実な走りでタイトル獲得に必要な6位でゴール。自身初のタイトル獲得を決めた。
第15戦、タイトル獲得の重圧から開放され、2位に6秒以上の差をつけた独走で優勝した。

ケニー・ロバーツJr.(Kenny Roberts Jr.)

ケニー・ロバーツJr. & RGV500 2000年の成績
Round 順位
1 南アフリカGP 6位
2 マレーシアGP 優勝
3 日本GP 2位
4 スペインGP 優勝
5 フランスGP 6位
6 イタリアGP 6位
7 カタルニアGP 優勝
8 オランダGP リタイア
9 イギリスGP 2位
10 ドイツGP 3位
11 チェコGP 4位
12 ポルトガルGP 2位
13 バレンシアGP 2位
14 ブラジルGP 6位
15 パシフィックGP 優勝
16 オーストラリアGP 7位

RGVガンマに乗るロバーツJr.

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