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スズキ RGB500
マルコ・ルッキネリ 1981
チームガリーナの1981年世界GP500ccクラス、マルコ・ルッキネリ選手のチャンピオンマシン。
この模型はチャンピオンバイクコレクションのNO.24です。
1974年にデビューしたRG500は、バリー・シーンのライディングで登場3年目の1976年から2連覇を達成。その後、スズキは1978年にエンジンの大幅改良を行ったRGA500を投入、1979年にANDF採用したRGB500を登場させ、1980年にはフル・フローターサスを採用するなどRGを進化させた。
しかしスズキは、毎年メーカータイトルは獲得したものの、個人タイトルはヤマハのケニー・ロバーツのものとなった。
1981年、基本的な機構を受け継ぎながら全面的に見直しされ、名称をRGΓ500としたこのマシンで500ccタイトルをヤマハから奪回した。
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RGB500 主要スペック
- エンジン:水冷2ストロークスクエア4気筒
- 排気量:494cc
- 最高出力:120馬力以上
- 最低車両重量:-Kg以上
1位 | マルコ・ルッキネリ(Marco Lucchinelli) | スズキ | 優勝5回 |
2位 | ランディ・マモラ(Randy Mamola) | スズキ | 優勝2回 |
3位 | ケニー・ロバーツ(Kenny Roberts) | ヤマハ | 優勝2回 |
ラッキーの愛称で親しまれているマルコ・ルッキネリは1980年、最終戦ドイツGPでケニー・ロバーツ、ランディ・マモラを抑えてGP初優勝を飾った。
1981年、ヤマハ初のスクエア4気筒エンジンを搭載したYZR500に乗るロバーツは、西ドイツGPとナシオンズGPで2連勝を飾りるが、その後はマシントラブルなどで勝てなかった。
ルッキネリは開幕戦リタイヤと不安な立ち上がりだったが、フランスGPで1勝目を挙げるとオランダGPから3連勝。結局、シーズン5勝を挙げ初タイトルを獲得した。
1982年、ホンダに移籍したが、その後は勝利を挙げることなく、1983年を最後にGPから引退した。GPで活躍した期間は短く、GP通算6勝。その内5勝をこの年に集中させ、キング ケニーの4連覇を阻止した。
Round | 順位 | |
---|---|---|
1 | オーストリアGP | リタイア |
2 | 西ドイツGP | 3位 |
3 | ナシオンズGP | 5位 |
4 | フランスGP | 優勝 |
5 | ユーゴスラビアGP | 2位 |
6 | オランダGP | 優勝 |
7 | ベルギーGP | 優勝 |
8 | サンマリノGP | 優勝 |
9 | イギリスGP | リタイア |
10 | フィンランドGP | 優勝 |
11 | スウェーデンGP | 9位 |
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