>> チャンピオンバイク
ELF-3 HONDA
ロン・ハスラム 1986
1986年のWGP500ccクラスに参戦した、Team ElfのELF-3の模型です。ライディングしたのはロン・ハスラムでした。この模型は、デアゴスティーニのチャンピオンバイクコレクションNO.53です。
エルフ・プロジェクト
ブラックバードと呼ばれたELF-3は、フランスの石油会社エルフが1978年から進めたエルフ・プロジェクトによって誕生したバイク。プロジェクトが目標としたのは、減速やコーナリング時も安定して操作できるバイク。
1978年、カーデザイナーのアンドレ・ドコルタンスが設計した初号車ELF-Xが登場する。従来型のフレームを使わず、前輪もテレスコピック式ではなく、前後輪共にエンジンから伸びたスイングアームで支えられていた。
前輪のステアリングは、金属棒を介して向きを変えるセンターハブ方式。重心を下げるためにガソリンタンクをエンジンの下に置き、排気管はエンジン上を通るレイアウトだった。
1981年から耐久レースに実戦投入されたELF-Eは、ホンダRS1000のエンジンをベースに開発され、耐久レースでのタイヤ交換が容易にできるように、前後輪とも片持ち式のスイングアームとなった。
1983年、デビッド・アルダナとクリスチャン・ルリアールのライディングで鈴鹿8時間にも参戦したが、結果はリアサスが折れて転倒し途中リタイヤでした。
1985年から世界GPに参戦。ルリアールがライディングするELF-2が、フランスでGPデビュー。
1986年のELF-3は、すばやいハンドリングが必要とされるGPレースに対応する為に、前輪アームの一本がハンドルバーに直結された。エンジンは、前年にフレディ・スペンサーがチャンピオンを獲得した、ホンダNS500のエンジンを搭載した。
因みに、この模型は前輪とアームの組み合わせ具合が、良くありませんでした。
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ELF-3 HONDA 主要スペック
- エンジン:水冷2ストロークV型3気筒
- 排気量:499cc
- 最高出力:126馬力以上
- 最低車両重量:137Kg以上
- タイヤ:ダンロップ
1位 | エディ・ローソン(Eddie Lawson) | ヤマハ | 139ポイント |
2位 | ワイン・ガードナー(Wayne Gardner) | ホンダ | 117ポイント |
3位 | ランディ・マモラ(Randy Mamola) | ヤマハ | 105ポイント |
ロケット・ロン
スタートを得意とすることから「ロケット・ロン」と呼ばれたロン・ハスラムは、1983年からホンダNS500で世界GPにフル参戦。南アフリカGPでいきなり3位に入る活躍で、1年目のランキングは8位。
1984、85年も既に旧式となるNS500で参戦し、共にランキングは5位となる。
1986年、ハスラムはエルフチームに移籍してセルジュ・ロセと共にELF-3の開発を進める。エンジンは旧式だがフロント部が改良されたELF-3は、ハンドリングはダイレクトになり、ブレーキング時も前のめりにならずハスラムにも好評だった。
開幕戦スペインGPでエルフにとって初ポイントを獲得。シーズントータルで18ポイントを獲得してランキングは9位となった。
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1987年はELF-4の開発が遅れてシーズンの大半はNSR500で参戦した。VGC(バリアブル・ジオメトリー・コントロールド)システムに4気筒NSRのエンジンを搭載するELF-4は、決勝レースには第11戦チェコスロバキアGPから登場した。
だが、特徴の一つでもあったステアリング軸中心に配置されたシングルディスクの制動力不足などフロントブレーキ関係の問題で苦戦する。しかし、NSR500で獲得したポイントが利いてランキング4位となる。1988年、更に改良したELF-5が登場するがランキング11位に後退。
エルフプロジェクトは1988年で終了し、残念ながら未勝利に終わった。ハスラムはその後スズキ、カジバと移籍し、1990年まで世界GP500ccクラスで活躍する。
ロン・ハスラム(Ron Haslam)
- 1956年6月22日生まれ イギリス出身
Round | 順位 | |
---|---|---|
1 | スペインGP | 10位 |
2 | イタリアGP | リタイヤ |
3 | 西ドイツGP | 8位 |
4 | オーストリアGP | リタイヤ |
5 | ユーゴスラビアGP | リタイヤ |
6 | オランダGP | 7位 |
7 | ベルギーGP | リタイヤ |
8 | フランスGP | 7位 |
9 | イギリスGP | 9位 |
10 | スウェーデンGP | 9位 |
11 | サンマリノGP | 9位 |