>> チャンピオンバイク
カワサキ ZX-RR
ギャリー・マッコイ 2003
ドイツのオイルメーカー フックスがメインスポンサーとなった、KAWASAKI RACING TEAMの2003年MotoGP ギャリー・マッコイ選手のマシン。
デアゴスティーニのチャンピオンバイクコレクションNO.20です。
カワサキの世界GP500ccクラス最後の勝利は1975年で、1982年を最後に撤退していた。2002年、MotoGP 4ストロークの新規則導入を期に復帰。2003年からフル参戦に向けて、2002年シーズン終盤の4戦にスポット参戦した。
その初戦ツインリンクもてぎでのパシフィックGPに、柳川明選手のライディングでライムグリーンのZX-RR
Ninjaをデビューさせた。
(右の写真)直線を多用したカウルと、シートカウルの大きさが印象的で、マフラーはシートカウルの下に取り付けられていた。デビュー戦は惜しくも転倒リタイアに終わった。
2003年はDUCATIも新たに加わり、ワークスとして7メーカーが集まった。復帰一年目のDUCATIがメーカーランキング2位と好成績だったのに対し、カワサキは7位と厳しい年となる。チャンピオンはレプソルホンダのバレンティーノ・ロッシだった。
ZX-RR 主要スペック
- エンジン:水冷4ストローク直列4気筒/DOHC4バルブ
- 排気量:990cc
- 最高出力:200馬力以上
- 最低車両重量:-Kg以上
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ギャリー・マッコイ
世界GP125ccクラスで活躍していたギャリー・マッコイ選手は1998年、250ccクラスを飛越えて、Shell Advance RacingからホンダNSR500Vで500ccクラスにフル参戦。1999年、Red Bull Yamaha WCMに移籍し、第13戦バレンシアGPで3位。
2000年、開幕戦の南アフリカGPで初優勝。第12戦ポルトガルGPで、ポールポジションからスタートしたマッコイ選手は2位、3位のK・ロバーツJr、V・ロッシを引き離し2勝目を獲得。次のバレンシアGPも独走優勝。シーズン3勝でランキングは5位となった。
2001年、出だし好調だったが第2戦でのクラッシュで手首をいため、欠場が続きランキングは12位となった。MotoGPに変更され、4ストロークと2ストロークのマシンが混走となった2002年、YZR500で戦ったが思うような成績を挙げられなかった。
2003年、KAWASAKI RACING TEAMに移籍。4ストロークマシンへの対応、誕生間もないZX-RRの開発など、新たな挑戦の年となった。フランスGPで9位がシーズン最高位で、ランキングは22位に終わった。マッコイ選手はタイヤを激しくスライドさせるドリフト走法で有名なライダー。
Round | 順位 | |
---|---|---|
1 | 日本GP | 16位 |
2 | 南アメリカGP | 17位 |
3 | スペインGP | 18位 |
4 | フランスGP | 9位 |
5 | イタリアGP | 15位 |
6 | カタルニアGP | 17位 |
7 | オランダGP | 18位 |
8 | イギリスGP | 16位 |
9 | ドイツGP | 16位 |
10 | チェコGP | 18位 |
11 | ポルトガルGP | リタイア |
12 | ブラジルGP | リタイア |
13 | パシフィックGP | リタイア |
14 | マレーシアGP | 19位 |
15 | オーストラリアGP | 13位 |
16 | バレンシアGP | 19位 |
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